「出雲街道を歩こう」総合トップ > 大山道トップ > 所子→佐摩
所子から佐摩へ
所子地区を出ると、圃場整備や山陰自動車道の建設によって大山道の道筋は消失しているので、県道158号で南下します。県道はよく整備されていて歩道もあるので、歩きにくさはありません。

6701.大山インター付近

6702.県道を南下
大山インターから700mほど、左に平木地区、右に中高地区が案内される場所では右の中高を選択し、集落内の道に入って県道の一本西の道で南下を続けます。集落内の道沿いには五輪塔が並んでいるところもあります。

6703.右の中高地区へ

6704.中高の集落内

6705.五輪塔が並ぶ
6706の写真の地点で直進する道の幅は狭くなりますが、構わず直進していくと、集落の最後に六地蔵や供養塔が並んでいます。向きは県道の方ではなく、この細道の方なので、やはりここが大山道の道筋と思われます。中高の集落を出ると、大山広域農道と交差し、引き続き県道158号の少し南西側を江東川という細い川に沿って進んでいきます。圃場も整備され、古道の雰囲気ではありませんが、遠くに大山を見ながら田園地帯の中を行く坊領道の前半らしい道です。

6706.直進の道は細くなりますが…

6707.細道沿いに六地蔵

6708.大山を望む田園地帯
次の平地区に入ったところに古いものも多く含む墓石群があります。中には大山山麓で「万人講」と呼ばれる牛馬の供養塔もあり、ここにあるものが最も古いものだそうです。また、この付近では標高約100mまで上ってきており、振り返れば緩く傾斜した平地の向こうに日本海や美保関もよく見えます。

6709.平の万人講

6710.時々後ろを振り返ろう
南西にある平の集落は淀江からの大山道が通り、道標等も残されているそうですが、立ち寄っていては遠回りとなるので、ここはいったん県道158号に戻ります。こちらはまもなく御来屋で道標をご紹介した御来屋からの大山道に合流します。このように日本海岸の各町から来る大山道が徐々に近づいてくるのがこの付近で、この先の坊領で一本の道に合流して大山を目指すことが北からの大山道が「坊領道」と呼ばれている理由です。県道を500mほど行けば仁王堂公園に至りますが、古道歩きをしているのなら、メインの東の入口からではなく、古道の跡を活用していると思われる西の裏口から入りましょう。

6711.いったん国道へ

6712.仁王堂公園に入る古道?
●仁王堂公園
仁王堂公園は古墳の跡などもある低い丘の上に設けられた公園で、大山や日本海が遠望できる立地も良く、遊具やトイレなどの設備も充実しています。そして何と言ってもシンボルは大山カラス天狗の像で、案内板にも記されたその伝説は大山の超自然的なエネルギーを象徴しています。古道歩きの観点から見れば、西の裏口の坂道を上ったところにある安永6年(1777年)の廻国供養塔が見どころで、「左 淀江 右 所子」と記され、道標も兼ねたものとなっています。先述したように、坊領道が各方面に分岐しているのがこの付近であることがよくわかります。また、この付近は江戸時代には鳥取藩領と大山寺領の境でもあったそうです。

6713.道標を兼ねた廻国供養塔

6714.大山カラス天狗の像がシンボル
>拡大画像 大山カラス天狗の像の案内板
仁王堂公園を出ると県道158号には戻らず、再び県道の一本西の道を進みます。坊領の集落に入るまでは圃場整備の際に一直線に改められたと思われる道ですが、稲荷神社のところのカーブからは古道らしい雰囲気も出てきて、沿道には立派な古民家も見られるようになります。

6715.この道を選択

6716.稲荷神社

6717.立派な古民家もあり

6718.細道沿いの雰囲気も良い
坊領地区内では県道158号は集落の東側をバイパスし、その旧道にも良い雰囲気がありますが、古道の道筋はやはりその一本西です。

6719.現在の集落の裏に古道

6720.ここで左へ
●坊領
坊領地区内の県道の旧道沿いは緩やかな坂道となっていて、沿道には古い家屋が建ち並んでいます。地名が示すようにここは大山寺領であり、大山の玄関口として独自の発展を遂げてきた歴史があります。現在では静かな田舎の集落ですが、水路が音を立てて流れ、家並みの間からは大山も良く見えます。集落の南端にはイチョウの木が印象的な妙玄寺もあります。

6721.坊領の街並み

6722.妙玄寺
 
坊領地区の集落を過ぎれば佐間神社があり、その先の交差点では古道に近い道筋を辿るため、あえて少し戻る形の右折を選びます。まもなく新道記念碑があることで想像できるように、この付近では道路の形状が昔とは変わってしまっているのでしょうが、佐摩神社のわずかに北西にある6725の写真の交差点付近が各方面からの大山道が一本に集約される地点であったと思われます。ここからまた南下を続けますが、この付近から見る大山は北壁の険しい姿と西の穏やかな姿の両方が同時に見られます。

6723.佐間神社

6724.新道記念碑

6725.この付近で淀江からの道に合流

6726.大山も大きく見えてきました
●佐摩
佐摩の集落に入り、大山小学校の運動場の脇を通り抜け、校舎との間にある交差点には「大智明大権現」の文字のある常夜燈があります。ここから南下していく道沿いにも江戸時代の年号が刻まれた石造物が多く見られ、家屋も古いものが多く残っています。扇状地の扇頂に位置する坊領と佐摩はまさに大山の玄関口であったという雰囲気をよく残してる集落と言えます。

6727.佐摩の常夜燈

6728.石造物が多い
 
6729.古道沿いの家並み
佐摩の集落を抜けると、一気に山が迫ってきた雰囲気となり、坊領川を渡って今在家地区に入ります。佐摩の古道の道筋から道なりに進んでいますが、どこかで微妙なズレがあるようで、県道158号(この付近では県道36号と重複)に出ると、佐摩の集落の方へ少し戻ったところに今在家の道標があります。

6730.坊領川を渡る

6731.鋭角に左折して少し戻る
●今在家の道標
今在家の道標は「左 大山 右 やま 道」というだけでなく、6732の写真では全くわかりませんが、下部に「佐摩村 二里」と大山寺からの距離も刻まれています。ここは坊領道がこれまでの穏やかな道のりから山道に姿を変える境目の地点であり、いよいよ坊領道も大山らしい山道に入っていきます。

6732.今在家の道標
<< 御来屋から所子へ 佐摩から大山へ >>
●地名、人名等の読み方
 ・佐摩=さま
 ・平木=ひらぎ
 ・中高=なかだか
 ・江東川=こうとうがわ
 ・平=ひら
 ・万人講=ばんにんこう
 ・妙玄寺=みょうげんじ
 ・今在家=いまざいけ

●取材日
 2018.5.21/5.22
▲ページトップ
inserted by FC2 system