トップページ > 出雲街道とは?
 出雲街道は、姫路を起点として中国山地を横断し、出雲に至る旧街道です。名称は「出雲往来」「出雲往還」「上方みち」などとも呼ばれていますが、当サイトでは現在の一般的な呼び方である「出雲街道」に統一してご案内します。その道のりは、播磨国(兵庫県)、美作国(岡山県)、伯耆国(鳥取県)、出雲国(島根県)の4国(4県)にまたがって中国山地を斜めに横断していくルートで、現在の国道179号(姫路〜津山)、国道181号(津山〜米子)、国道9号(米子〜出雲)にほぼ一致しています。区間の定義については、一般的には姫路から松江までの約210kmですが、当サイトでは姫路から出雲大社までの約250kmを取り上げます。
 出雲街道は下図からわかるように、古代の日本の二大中心地である大和と出雲を直線的に結んでいます。日本の歴史の中でも、数百kmに及ぶ国土軸としては最古の部類に入る街道で、出雲大社や大山寺などへの「参詣の道」、たたら製鉄の流通を支えた「鉄の道」、後鳥羽上皇や後醍醐天皇が隠岐に流されたり、津山藩や松江藩の参勤交代に利用されたりした「政治の道」などの役割を果たしてきました。現在でも、出雲街道の宿場町にはその繁栄の面影が感じられ、道沿いに多数の史跡を見ることができます。
 一方で、現在では沿線の地域の大半はいわゆる「地方」「田舎」の地域です。昨今、その価値が再評価されている里山の風景が当たり前のように続く、自然豊かな街道でもあり、その自然風景も大きな魅力と言えます。当然ながら、過疎化や高齢化といった課題を抱えていますが、考えようによっては人口減少社会、超高齢社会を迎えようとする日本における最先進地域の一つとも言えます。「地域おこし」の事例も数多く見られ、地域の未来を創造するための現在の人々の取り組みにも光るものがあります。
 出雲街道には、誰もが圧倒されるような世界遺産級の史跡や自然景観があるわけではありません。しかしながら、ここには何気ない里山や宿場町の風景、そして人情味豊かな地元の人達との「出会い」があります。誰もが訪れるような観光地ではないからこそ、逆にそういった出会いが心に深く刻み込まれていきます、自然と歴史に恵まれた出雲街道は、「懐かしい未来」へつながる「古くて新しい観光ルート」です。ぜひ、出雲街道を歩いて、地域固有の自然や歴史や文化、そこに根ざした人々の現在、それを活かした地域の未来を体感してください。
 
 
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