大山道の道標のうち、前回まで大山道の分岐点の道標をご紹介してきました。一方で、大山寺付近には逆に帰り道用の道標も用意されています。
大山を基準として、北西への道が尾高道と丸山道、北への道が坊領道で、博労座のすぐ北にその分岐点があり、そこに立っているのが別れの道標です。『左 よなご 右 みくりや』と大書された道標は、江戸時代の道標としては大きめのサイズで、文字も深く彫られていてよく目立つ道標です。
この道標で特筆される点は、尾高道の役割を引き継ぐ県道24号と坊領道の役割を引き継ぐ県道158号の分岐点に現在でも目立つように立っていることです。先述のようにサイズもフォントもよく目立つため、自動車で通っていたとしても十分に読み取ることができ、現在の道路標識としても活かされていると言えます。この道標とそのすぐ側の別れの地蔵は、自動車で大山を訪れた現在の観光客にとっても大山の歴史を感じさせてくれる歴史遺産です。
大山に来た旅人たちにとって同じ道を帰っていくための道標が本当に必要なのか、疑問に思ったりもしますが、現在のキロポストの役割を持っている一丁地蔵も含め、大山道は当時としては極めて高いレベルで道の整備されていたことがよくわかります。
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