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7.万能峠から土居へ
●万能峠の峠道(美作側)
美作側の峠道はきれいに草が刈られ、とても歩きやすいです。峠近くには田畑もなく、今や史跡散策以外に用途もないと思われるので、草木に埋もれてしまっていても仕方のないような道ですが、ここまできれいにしてくださっているのは「出雲街道土居宿を後世にのこす会」の皆様方のおかげで、ただただ感謝するばかりです。土居宿まで下っていく途中には、土居の俳人が松尾芭蕉の百回忌を記念して建てたという「梅香塚」もあります。

2001.美しい峠道を下る

2002.梅香塚

2003.明るくなると土居宿は近い
>拡大画像 梅香塚の案内板
>拡大画像 出雲街道を保存するための「お願い」
遮断機も警報機もないずい道西口踏切で姫新線を渡れば、細いながらも舗装された道に戻り、土居小学校へ向けて下っていきます。その道沿いにも古い墓石群などの旧街道らしい史跡があり、中でも四つ塚は幕末にこの地で誤解によりトラブルを起こし、亡くなった四人の尊王の志士を祀る立派な墓が立てられています。

2004.ずい道西口踏切

2005.土居小学校へ下る

2006.古い墓石群

2007.四つ塚
>拡大画像 四つ塚の案内板
土居小学校まで出れば、「出雲街道土居宿跡案内図」の大看板があり、県道46号に合流します。土居宿をバイパスする国道をくぐると土居宿東惣門跡で、そこから土居宿の街並みに入っていきます。

2008.国道をくぐれば…

2009.東惣門跡
>拡大画像 出雲街道土居宿跡案内図
●土居宿
土居宿の道沿いには旧街道時代から残っていると思われる建造物はあまり見られません。しかし、主要な施設の跡地には必ずそのことを示す看板があり、旧街道の時代を想像させてくれます。2010の写真は「巡査屯所跡」ですが、現在は「美作警察署土居駐在所」になっていて、建物は新陳代謝していても用途は変わっていないということが読み取れます。そういう視点から古い街並みを見るのも面白いかもしれませんが、それがわかるのも地元の皆様方が看板を立てて歴史を遺そうとしてくれているからです。

2010.巡査屯所跡は駐在所

2011.随所にある看板

2012.土居宿の街並み
●土居宿西惣門
街並みの西端には開業当時からのもの思われる古い木造駅舎を持つ美作土居駅があり、駅から県道46号に出たところに再建された西惣門があります。三日月乃井野陣屋と同様、門のみが再建されているだけですが、木造の本物志向のものです。土居宿は播磨と美作の国境近くに位置するため、この場所に関所が設置されていたそうで、出雲街道の宿場町の中でもトップクラスの要所であったと言えます。そして土居宿は美作国でも最大級の宿場町であったと伝えられています。

2013.土居宿西惣門

2014.美作土居駅
>拡大画像 土居宿西惣門の案内板
●土居の一里塚
土居宿を出て山家川を渡り、国道に復帰する直前に一里塚があります。旧街道に整備された一里塚も現在は姿を消しているものが多い中、この一里塚ではいったん伐採された北塚の松、南塚の榎が昭和47年(1972年)に植えなおされており、それから40年以上の歳月が江戸時代以来の姿を復活させています。

2015.北の松塚、南の榎塚
>拡大画像 一里塚の案内板
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●地名、人名等の読み方
 ・松尾芭蕉=まつおばしょう
 ・山家川=やまやがわ

●取材日
 2014.9.2/9.23
 2015.10.9
 2016.10.9
 2018.1.23
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