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8.土居から楢原へ
土居宿を出ると、しばらくは国道が旧街道の道筋を引き継いでいるようで、国道沿いに供養塔が見られたりします。平成21年(2009年)の台風9号では佐用だけでなくこの辺りにも大きな被害があったため、河川改修で架け替えられた真新しい橋もいくつか見られます。

2016.しばらく国道を行く

2017.供養塔
竹田地区に入り、最初の落合集落では西側の山沿いに旧街道と考えて間違いない道を発見できますが、どこから入ってみても柵が設置されるなどして進入または通り抜けができません。仕方なく国道を行くと、河川改修や土砂災害防止の工事が行われたと思われる場所に真新しい土台が造られ、供養塔が立っています。その供養塔の先で左折すると次の杉ヶ市集落で、集落内を通り抜ける道が存在しますが、新しい道だそうで、沿道に特に史跡はありません。作東インターの入口にあたる国道の交差点付近は作東インターや作東工業団地の開発と関連してか、田園も整然と整備され、それはそれで美しい眺めですが、旧街道らしさはありません。

2018.左の土手の上と思われますが…

2019.移設された供養塔

2020.杉ヶ市集落内の道
作東インターの入口にあたる国道の交差点付近から上福原地区に入り、その交差点の300mほど西からは、国道の一本南に旧街道が復活します。しかし、地図上では道であっても電気柵に阻まれて迂回を強いられる場所もあります。旧街道の風情を感じる間もなく国道に戻されることの繰り返しで歯がゆく感じますが、上福原地区の最後には史跡が集中しています。そこだけを歩こうとすれば、出雲街道のより古い道筋である杉坂峠方面への道路(県道365号)との交差点のすぐ東側から南に入れば、見どころの多いところのみを歩けます。

2021.上福原地区の旧街道

2022.電気柵に阻まれる
2022の写真の電気柵を迂回し、その道の続く先に戻れば、2023の写真の右側の小高い丘に天王山城跡があります。そこで道は左にカーブしていますが、正面へ未舗装の道路もあります。いずれも旧街道の道筋と思われ、六十六部供養塔と地蔵堂が背中合わせになって、それぞれの道の方を向いているのが珍しいです。正面の土道はすぐに途切れるので、舗装道路の方へ進みます。

2023.天王山城跡付近

2024.六十六部供養塔

2025.地蔵堂
背中合わせの供養塔から小さな集落を通り抜け、城近坂と呼ばれる坂を下って国道に戻ります。下る途中には津山元標六里の里程標があります。明治の初めに津山に設けた元標を基準に整備されたこの里程標は、西側(特に勝山まで)では多く残っていますが、東側はここのみです。

2026.城近坂を下る

2027.津山元標六里
国道に戻ったところには南東から下ってきた城近坂とその先の警固屋坂を案内する新しい道標があります。この地点では2つの坂道が国道に接続していますが、警固屋坂の方はここで南から接続するもう一つの坂道ではなく、100mほど西で国道が地形に沿ってカーブする地点から斜め左に分岐しています。

2028.新しい道標

2029.左の警固屋坂を上る
警固屋坂と呼ばれる江見市街東方の小さな丘越えは国道が迂回しているだけあってかなり急な坂です。頂上には北向地蔵尊があり、今度は急坂を下って江見市街に入っていきます。下りきったところにある商店の直前には江見の一里塚がありました。

2030.北向地蔵尊

2031.江見市街へ下る
旧作東町の中心地区である江見では、国道の一本南側に旧道と思われる道があり、歴史ある街並みという感じがします。市街の南端にある作東公民館の前には移設された道標も展示されています。一方、北の国道沿いは新しい市街で、江見商業高校の閉校などの要因を受けてやや寂しい感じがしますが、それでも営業している店舗が数多く集まっている場所は久しぶりです。

2032.江見の旧道沿い

2033.作東公民館前の道標(移設)

2034.江見の国道沿い
江見市街を過ぎると吉野川を渡ります。旧道の橋と国道の橋が100mも離れずに並んでいて、名前はどちらも同じ「大還橋」です。続いて姫新線の江見踏切を渡れば、目の前に国道があり、そこに復帰していくような形に見えますが、踏切を渡ったところですぐ右折して、またすぐ先にある用水路沿いに旧街道の細道が残っています。証拠物件として崩れた五輪塔などの石造物があります。用水路沿いを少し南下したところで右折して国道に復帰します。わずかな区間ではありますが、街の通りの裏に旧街道がひっそりと残されていることがわかります。

2035.新旧の大還橋

2036.江見踏切を渡って右へ

2037.用水路沿いの石造物

2038.旧街道の道筋はひっそり残る
国道に戻ればまもなく美作江見駅で、ここも美作土居駅と同じく古い木造駅舎を持ち、CMのロケ地にもなった駅でもあります。美作国(岡山県北部)には懐かしい雰囲気を残す駅や鉄道施設が多く、津山駅にある蒸気機関車時代からの扇形機関車庫を活用した「津山まなびの鉄道館」や、美作千代駅等の古い木造駅舎を見学するイベントなどが人気を集めています。

2039.美作江見駅

2040.姫新線全通45周年記念碑
ここから次の宿場町である勝間田までの旧街道は国道から北に離れ、中国自動車道沿いを通っています。美作江見駅の一つ東側にある2032の写真の交差点を北に入ってすぐのところにある今在家駅前作業場にはこの道が出雲街道の道筋だったことが記された貼り紙が掲出されています。またすぐに六地蔵があり、水路沿いには一貫清水という史跡もあります。

2041.旧街道はここを右折

2042.すぐに六地蔵がある

2043.一貫清水
美作江見駅前から中国自動車道までの間は方向感覚も狂いがちな中で、案内標識もない交差点をいくつも通過していくことになりますので、道を間違えないように注意が必要です。中国自動車道にぶつかるとしばらくは南の側道を行くことになります。旧街道の道筋はその北側にあったそうですが、歩けるような状態ではなく、「佐用52」のトンネルまで西に行ってから中国自動車道の北の側道に出ます。
不安を感じるなら国道を歩くのも一つの手で、国道は美作市(旧美作町)の中心市街である林野まで西進し、美作三湯の一つであり、なでしこリーグ「岡山湯郷ベル」の本拠地としても知られる湯郷温泉のすぐ近くを通った後、北上して勝間田に向かいます。また、後述する楢原には史跡が多いので、そこだけに立ち寄ろうとすれば、平福地区まで国道を西進した後、右折して県道354号に入れば、わかりやすい道順で楢原に行けます。いずれを選択しても勝間田への距離は大差ありません。

2044.自信はないですが直進(中央)

2045.中国道を目指す道

2046.中国道の側道

2047.中国道をくぐるのは「佐用52」
中国自動車道の北に出てからは、奈良時代に行基が西国行脚の際に建立したという伝承のある地蔵を祀った「峠の地蔵堂」やその800mほど西にある大師堂など、史跡が見られるようになってきて、すぐ脇に高速道路が貫く中でもそれなりに古道歩きの気分が楽しめる道となります。

2048.峠の地蔵堂

2049.大師堂
楢原パーキングエリアの北には、美作国一宮の中山神社の主祭神である「鏡作命」の降臨地があります。2050の写真では分岐点に看板がありますが、これは倒れていた看板を私が付近の木に立てかけておいたもので、長持ちはしないでしょう。残念ながらこういった状況は出雲街道ではよくあることですが、地元の方も、街道歩きに来た皆様方も、こうした状況を見かけたら可能な範囲で直していただきたいと思います。

2050.鏡作命降臨地は右ですが…

2051.鏡作命降臨地
神宿集落に出れば舗装された道になり、道祖神などがある交差点を経て、楢原上町上というバス停のところで県道354号を横断すると、楢原の街に入っていきます。

2052.神宿郷の石碑群

2053.楢原上町上バス停から楢原の街へ
●楢原
楢原の街に入ると、まず「人舛跡」という史跡に迎えられます。これは楢原に出入りする参勤交代の行列の人数を確認するために設けられているものです。距離が比較的長い土居宿と勝間田宿のほぼ中間にある楢原は休息地として宿場町に準ずる街並みを形成しており、現在でも国道から離れているためか、新しい店舗等もなく、ある意味これまで見てきた宿場町よりも雰囲気を残しているような感じです。中央部には播磨国の伊勢でも見た立場跡、西側の郵便局付近にはもう一度人舛跡と一里塚の跡があります。

2054.人舛跡(東側)

2055.立場跡はこの付近

2056.人舛跡(西側)と楢原の一里塚跡
●笠懸の森
楢原の街並みを過ぎて1.2kmほど行くと、梶並川を渡る直前に「笠懸の森」という史跡があります。後醍醐天皇が元弘の変で隠岐に流される際、梶並川が増水して渡ることができなかったため、ここで一時休息され、警護の武士たちが笠懸の武技を見せて天皇を慰めたという伝承が残されています。梶並川は美作市西部の谷筋を形成する、それなりに大きな川ですが、現在では「笠懸橋」で簡単に渡ることができ、難所らしさは感じられません。

2057.笠懸の森
>拡大画像 笠懸の森の案内板
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●地名、人名等の読み方
 ・楢原=ならはら
 ・作東=さくとう
 ・大還橋=だいかんばし
 ・千代=せんだい
 ・今在家=いまざいけ
 ・勝間田=かつまだ
 ・湯郷=ゆのごう
 ・行基=ぎょうき
 ・鏡作命=かがみつくりのみこと
 ・後醍醐天皇=ごだいごてんのう
 ・梶並川=かじなみがわ

●参考資料
 巌津政右衛門「岡山の道しるべ」
 片山薫「岡山の出雲街道」
 美作地域歴史研究連絡協議会「美作の道標 元禄道標と津山元標」
 美作地域歴史研究連絡協議会「美作の道標と出雲往来一里塚」

●取材日
 2014.9.23
 2015.5.3/10.9
 2016.5.3/10.9
 2018.1.23/4.22
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