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25.溝口から八幡橋へ
溝口インター入口交差点からしばらくは国道を歩くことになります。旧街道は伯備線の線路やそのもう少し東側あたりにあったそうですが、旧街道に該当する道で通り抜けることができません。溝口インター入口交差点から600mほどで「郡界橋」で大江川を渡り、旧岸本町に入ります。今では同じ西伯郡伯耆町で、大江川もさほど大きな川ではないこともあって、今は何の境界線にも見えませんが、旧溝口町は日野郡、旧岸本町は西伯郡に属していました。橋はその名の通り、ここが日野郡と西伯郡の境界であったという歴史をしっかりと残してくれています。

3501.雲に隠れた大山

3502.郡界橋で旧日野郡溝口町から

3503.旧西伯郡岸本町へ
●矢田貝家住宅
郡界橋を渡ると、西側に広大な敷地に立派な建物と庭園を持つ登録有形文化財の矢田貝家住宅があります。ここは「昇龍荘」という料理屋となっており、営業日には中で食事を楽しむことができます。また、郡界橋を渡ってすぐに左折すれば、日野川の堤防に出て、裏から矢田貝家住宅の庭園の一部を見ることができます。

3504.矢田貝家住宅

3505.裏から庭園が見える
>拡大画像 矢田貝家住宅の案内板
旧岸本町に入ると、国道と伯備線が並んで一直線に北西へ伸びていますが、旧街道の道筋は一直線ではなく、上細見交差点を右折し、すぐ細見踏切を渡って国道と伯備線の東側に出ます。ここから先、本来の道筋は上細見交差点および細見踏切のすぐ東にある一軒家の辺りから斜めに通っていたそうですが、圃場整備によって消失してしまっており、細見踏切を渡るとまたすぐに左折して新しい直線的な道を歩くことになります。一里塚もこの付近にあったそうで、上細見から吉定地区をご案内くださった地元の方のお話によれば、「一里塚」という地名もあるそうです。

3506.上細見交差点を右折

3507.圃場整備で旧街道は消失

3508.田園の中の新しい道
木戸口の集落に入るところにある3509の写真の地点では左の道を進みそうになりますが、あえて右折してすぐその先の交差点を左折します。ここで郡界橋から山沿いを来た道に合流する形になりますが、ここからは幅員が狭くなっており、この交差点が新しく整備された道と古い道筋が活用された道の境になっていることが想像できます。

3509.ここはあえて右へ

3510.古い道は狭いので徐行
●三軒茶屋
木戸口の集落を通り抜けると、三軒茶屋橋で清山川を渡り、すぐ三軒茶屋の集落に入ります。木戸口及び三軒茶屋では若干の宅地開発が行われていますが、かつての三軒茶屋は文字通り家は3軒で、そして茶屋があったそうです。三軒茶屋橋からは近くの低い山の間から大山が美しく見え、茶屋で休憩するなら確かにここがベストポジションです。また、三軒茶屋の集落内も先述した昔の道筋が続いており、ほんの200mほどの間とは言え、現在でも旧街道らしい風情が残っています。

3511.三軒茶屋橋からは大山が見える

3512.左の空き地に茶屋があった

3513.わずかながらも良い雰囲気
三軒茶屋の集落を出ると、再び整然とした田園地帯になります。地元の方に圃場整備の図面をお見せいただきましたが、集落を出て少し先から伯備線の三軒茶屋踏切までの間、旧街道は斜めに通っていて、上細見と同様の状況になっています。3514の写真は三軒茶屋の集落を少し過ぎた場所、3515の写真は三軒茶屋踏切付近ですが、それぞれ昔の道の痕跡らしきものが見られます。圃場整備で旧街道が消失した場所ではありますが、その痕跡を見つけ、かつての道筋を想像してみるというのもなかなか面白いものです。

3514.斜め左に昔の道の痕跡?

3515.三軒茶屋踏切付近も同様に
三軒茶屋踏切を渡って国道に復帰すれば、すぐに吉定公会堂があり、東の山手にある久古地区を案内する道標が置かれています。一方、日野川の方を見れば、国道の岸本バイパスが建設中です。この辺りはまだまだ田舎の雰囲気ですが、時代とともに道路網はどんどん変わっていっています。

3516.吉定公会堂前の道標

3517.岸本バイパスが建設中
吉定公会堂の先でまた右折すると、そのすぐ先に文政4年(1819年)に建てられた常夜燈があり、「金毘羅大権現」そして「大山 大智明大権現」と刻まれています。そこを左折すれば、国道に戻るまでほんの100mほどの間ですが旧街道の道筋が残っています。

3518.ここを右折

3519.常夜燈と旧街道
再度国道に戻ると、日野川のすぐ近くまで丘陵が迫ってきてやや狭苦しい地形になります。大山方面への県道36号が分かれる吉定交差点の手前には大山の牛馬市への入口にふさわしく、「大日如来」「馬頭観音」そして大きく「牛馬安全」と記された石塔があります。また、この場所には旧街道沿いに植えられた松並木20本が昭和54年(1979年)まで残されていました。

3520.牛馬の道が接続する近くに

3521.ここに松並木が残されていた
その吉定交差点付近からは国道のやや日野川寄りに細い道があります。しかし、別所川を渡る橋はないため、国道で別所川を渡ってから100mほど行ったところに斜め左へ入ります。その細道に入れば、玄関がその細道の方に向いた古い民家があります。現在、この道はこの民家に入るためだけの道になってしまっていますが、これが旧街道の道筋です。

3522.ここを左に入ると…

3523.旧街道に面した古い民家
3524の写真の地点で斜め右に入り、岸本地区に入っていきます。その名の通り旧岸本町の中心地区にあたりますが、旧街道の宿場町ではないため、根雨や溝口のような宿場町型の市街は形成されておらず、道に細かな屈曲があります。旧街道の道筋ははっきりわかりませんが、国道の東側を岸本駅に向けて進んでいく形です。現在の国道でも状況は似ており、町の中心近くにも関わらず目立った商業施設等がなく、伯耆町役場、伯耆橋と変則的な形状の交差点が連続します。

3524.ここを斜め右へ

3525.岸本地区内

3526.こちらの細道が旧街道かも?

3527.岸本駅
岸本駅前を通り過ぎると、水路に沿って次の吉長地区へ入っていき、3530の写真の地点で右折し、細い道を北上していきます。岸本地区内と同様、旧街道の道筋ははっきりわかりませんが、古い民家が建ち並んでいたり、地蔵堂があったりして昔の雰囲気がよく残っています。

3528.両側が用水路

3529.吉長地区内

3530.ここで右折

3531.昔の雰囲気が色濃く残る
●大山
吉長地区の集落を通り過ぎると整然と整備された田園地帯に出て、そして右側(東側)には中国地方の最高峰にして伯耆国のシンボルともいえる大山がよく見えるようになります。伯耆町の岸本駅以北から米子市に入るこの辺りが、おそらく出雲街道沿いを歩いていて大山が最もよく見える場所でしょう。大山は見る角度によって大きく姿を変える山ですが、北西から見れば富士山のような姿をした独立峰に見え、「伯耆富士」という呼び方が似合います。こうした大山の姿は写真愛好家達の人気を集めており、山麓には多くの撮影スポットが設けられています。

3532.吉長地区から見る大山

3533.季節感を出して撮ったり

3534.伯備線の列車を入れて撮ったり
県道53号を横断した先でも圃場整備により古道は失われているため、舗装された農道を北上して突き当りを左折する形で北西にある遠藤地区を目指します。途中からは3536の写真のような畦道になり、部分的に軒先の私道のような場所を歩くことになりますが、そうすることで遠藤地区内において古くからあると思われる道の南端に出ることができます。遠藤地区に入れば、岸本や吉長の集落内と似た雰囲気の細い道を北上していきます。

3535.県道53号を横断

3536.畦道を利用させていただいて

3537.遠藤地区の道の南端へ

3538.お堂と石仏
遠藤地区の集落の出口には斜め左に旧街道の痕跡と思われる斜め左への細道が見られます。正確な場所はわかりませんが、一里塚もこの付近にあったそうです。集落を出れば、また広大かつ整然とした田園地帯を北上し、3540の写真の交差点を左折します。この道は伯耆町と米子市の境界になっていて、まもなく米子市の水浜地区に入ります。

3539.斜め左は旧街道の痕跡?

3540.ここを左折
●水浜
水浜地区に入れば、右に宝善院を見ながらその先を左折し、日野川の堤防へ上がっていきます。その途中には道標があり、「左 上方ミち」(出雲街道の異名)と刻まれています。立地から考えて移設されているのかもしれませんが、大山を背後にした絵になる道標です。堤防道路まで上がれば、河川敷には金刀比羅大神宮の森が見えます。名前負けしている小さな神社ですが、出雲街道沿線では神社は小高い丘にあることが多く、このような立地は珍しい例だと言えます。

3541.水浜の道標

3542.宝善院

3543.金刀比羅大神宮
●八幡の渡し
水浜から堤防道路を400mほど西進すれば、堤防の下に八幡神社があります。案内板に記載されている通り、この付近には「八幡の渡し」があり、出雲街道はここで3度目の日野川渡河を行っていました。現在は八幡神社の300mほど下流側に八幡橋が架けられています。当サイトではここで八幡橋を渡り、左岸を通って米子市街に入っていくルートでご紹介していきますが、出雲街道における日野川の最後の渡河地点としては、現在の国道9号の新日野橋、旧国道の日野橋付近にある「車尾の渡し」も知られています。もちろんどちらが正解というわけではなく、2つの渡し場が使い分けられていたようで、信頼できる資料を見てもどちらのルートのものも存在します。

3544.八幡神社

3545.左折で八幡橋を渡る

3546.日野川はまだまだ清流
>拡大画像 八幡神社の案内板
伯耆町(旧岸本町)の吉定地区近辺におきまして、吉定にお住まいの方に圃場整備等の資料をお見せいただいたり、近くのお年寄りのお話をお聞かせいただいたりしながらご案内いただきました。ありがとうございました。
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●地名、人名等の読み方
 ・八幡橋=やわたばし
 ・郡界橋=ぐんかいはし
 ・矢田貝家=やたがいけ
 ・上細見=かみほそみ
 ・木戸口=きどぐち
 ・三軒茶屋=さんげんちゃや
 ・清山川=せいやまがわ
 ・吉定=よしさだ
 ・久古=くご
 ・八幡神社=はちまんじんじゃ
 ・車尾=くずも
取材日:2015.7.3/2015.11.16/2017.1.12/2017.5.22/2018.2.23
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