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33.玉造から宍道へ
   
湯町へ戻り、市街の西端にある玉造温泉西口交差点で国道に復帰します。この交差点に隣接して勾玉作りや宝石探しが体験できる「いずもまがたまの里伝承館」があります。ここからは国道と旧街道の道筋がほぼ一致するようになり、山陰本線と宍道湖に沿って西進します。この辺りは山陰本線から宍道湖が最もよく見える場所でもあり、線路沿いに「瑞風 始点」という真新しい標識もあります。平成29年(2017年)に運行開始した豪華寝台列車の「トワイライトエクスプレス瑞風」が乗客に車窓の宍道湖の風景を楽しんでもらうために、この付近で徐行することになっているのでしょう。

4501.玉造温泉西口交差点
 
4502.鉄道、国道、そして宍道湖
●宍道湖ふれあいパーク
玉造温泉西口交差点から2kmほどのところにある「宍道湖ふれあいパーク」は旧石器時代の「鳥ヶ崎遺跡」がある丘に設置された公園で、松江市街とはまた違った趣の景色が広がり、「宍道湖八景」の一つにも選ばれています。中海と宍道湖は「汽水湖」で、独自の生態系を持っていますが、市街から離れたこの付近では珍しい鳥や生物を見られる可能性も高いです。私も玉造温泉西口交差点からここまでの間で間近にカモの群れを間近に見ることができました。

4503.ラムサール条約で保護される湿地
 

4504.湖岸にも下りられます
 
4505.隣接してシジミの研究所も
宍道湖ふれあいパークを過ぎてしばらくの間はつい最近道路改良が完了したばかりで、湖岸に沿った急カーブが改良された場所も見られます。私が初めて歩いたときには歩道のない場所も残っていましたが、現在では自動車にも歩行者にも快適な道になっています。わずかな平地と地蔵堂のある鏡集落を経て、旧宍道町へ入ります。

4506.道路改良が進む
 
4507.地蔵堂
旧玉湯町と旧宍道町の境付近では湖岸まで丘陵が迫り、集落も途切れがちですが、旧宍道町最初の集落である弘長寺に入る辺りには双方の車線にコンビニがあり、全国チェーンのファミレスもあります。さすがに島根県の大動脈と言える国道であり、交通量も少なくありません。その弘長寺集落にはわずかながら旧道が残っており、玉造温泉西口交差点から来待駅までの間では珍しく家並みの間を道が通る場所になっています。さらに300mほど行った三成踏切で山陰本線の南側に移り、住宅地の中を進んでいきます。

4508.弘長寺地区の旧道
 
4509.三成踏切を渡る

4510.来待駅東側の地下大明神
 
旧宍道町最初の駅である来待駅は無人駅ですが、北の国道側には小ぎれいな駅舎があり、跨線橋は南側にもつながっていて南口の役割も果たしています。旧宍道町に入ったあたりから国道沿いに石材業者が多く見られますが、この周辺は「来待石」の産地で、ホームにそれをPRする小さな石庭があります。駅の南西約1kmにはモニュメントミュージアム「来待ストーン」もあります。

4511.来待駅(国道側の駅舎)
 
4512.周辺は来待石の産地
>拡大画像 来待観光マップ
来待駅を過ぎれば来待川が作る広い平地に出ます。現在は圃場が整然と整備され、旧街道は消失してしまっていますが、それでも旧街道に近い道を歩いていると、4513の写真の石造物などが見られます。また、田園の中に「土御門親王の墓」もありますが、案内板の類がなく、そもそも土御門「親王」が誰なのかもわかりません。このような場所になぜ皇室の人物の墓があるのか、謎めいた史跡です。

4513.辻に立つ石造物
 
4514.土御門親王の墓
4513の写真の地点からいったん国道に戻りますが、来待から宍道までの間では湯町から来待までとは違って旧街道は宍道湖沿いの国道に近い道筋ではなく、国道と山陰本線の南側を行くので、小松交差点を左折して小松踏切を渡り、小松公民館バス停を右折します。曲がってすぐの長源寺には天保時代の石灯籠があります。

4515.小松交差点を左折
 
4516.長源寺
200mほど行ったところにある分岐には松と「天照大神」等と刻まれた五角柱の石造物があります。この五角柱の塔は先述した来待駅と土御門親王の墓の間の田園の中にも見られましたが、美作国の真庭地域でよく見られた地神のようなローカルな信仰対象なのか、あるいは昔からこの手の石造物の製造が盛んなことに関係しているのか、私にはわかりませんが、非常に特徴的です。旧街道の道筋としてはここの分岐は直進で、小さな丘を越えていきます。途中には宇由比神社があります。

4517.石造物のある交差点を直進
 
4518.宇由比神社
小さな丘を越える道は緩やかな屈曲があり、雰囲気的におそらく旧街道の道筋がほぼそのまま生きている道でしょう。下ったところには小さな石の祠に地蔵が祀られています。ここから正面の畦道か右折の道路のどちらかで山陰本線のすぐ南側に戻り、線路沿いを行きます。

4519.小さな丘を越える道
 
4520.石の祠の地蔵
いったん狭い平地に出ていましたが、すぐにもう一度小さな丘を越えていきます。先ほどの丘を越えた道は旧街道らしい雰囲気がありましたが、こちらは道路もやや広く直線的で、新しい道だと思われます。白石地区に入ると平坦になります。

4521.もう一度丘を越える
 
4522.平坦地に出る
宍道中学校前踏切を渡って国道に戻りますが、ここまで来ても国道はなお宍道湖沿いを行きます。宍道湖が全国でも7番目の大きい湖(ちなみに中海は第5位)であることを実感させてくれますが、ここに来てようやく出雲縁結び空港などがある西岸がはっきりと見えてきます。

4523.宍道中学校前踏切を渡って国道へ
 
4524.宍道湖沿いのラストコース
その宍道湖とようやく別れるのが宍道東口交差点で、左折して旧道に入れば宍道宿です。4526の写真の地蔵あたりから宿場町らしい街並みになってきます。

4525.宍道東口交差点
 
4526.地蔵が見守る旧街道
●宍道宿
宍道宿は宍道湖の西端であるとともに、松江と今市の中間に位置することもあり、交通拠点として繁栄してきました。宍道宿の中でも最大の見どころとなるのが江戸時代に大名の本陣宿として利用された木幡家住宅の「八雲本陣」で、往時の姿をほぼ完全にとどめていることから、国の重要文化財にも指定されています。有料ですが、内部を見学することもできます。また、4528の写真ではわかりにくいですが、隣接した家屋がいずれも道に対して少し斜め向きになっている様子も見られます。

4527.八雲本陣
 

4528.宍道宿の街並み
 
4529.八雲本陣の主屋
>拡大画像 八雲本陣(木幡家住宅)の案内板
●宍道の街道分岐点
宍道には出雲・松江と広島・尾道を結ぶもう一つの「出雲街道」の分岐点があります、4530の写真の交差点がそれにあたり、大正4年に建てられた道標があります。いつの時代も宍道が交通の要衝であることは変わらず、現在でも国道9号と国道54号、山陰道と松江道、山陰本線と木次線の分岐点はいずれも旧宍道町内に位置し、どの路線も雲南市、三次市を経て広島県の瀬戸内海側へ向かっていきます。

4530.「出雲街道」の分岐点
 

4531.宍道駅
 
4532.左 廣島 右 大社
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●地名、人名等の読み方
 ・鳥ヶ崎=とりがさき
 ・弘長寺=こうちょうじ
 ・来待=きまち
 ・三成=みなり
 ・土御門親王=つちまかどしんのう
 ・天照大神=あまてらすおおみかみ
 ・宇由比神社=うゆひじんじゃ
 ・八雲本陣=やくもほんじん
 ・木幡=こわた
 ・木次線=きすきせん

●参考資料
 樹林舎「定本 島根県の歴史街道」
取材日:2015.9.14/2017.4.21/2017.8.24
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