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5-1.美作追分駅→目木バス停
真庭東部エリア [この区間の地図]
<4-4.坪井駅→坪井宿→美作追分駅 5-2.目木BS→大庭→久世宿→久世駅>
出雲街道の道筋は追分でも直進で西へ進み続けますが、ここから久世インター付近まで3km少々の間はほぼ国道を歩くことになり、あまり面白い道ではありません。一方で、ここには北を指す「大山みち」の案内があり、この道はより古い出雲街道の道筋でもあるそうなので、そちらを選択することにします。北に行く「大山みち」は最初だけはコンクリートで舗装されていますが、すぐに未舗装の山道になり、松ヶ峪乢という小さな峠を目指します。ここの峠道はあまり状態が良くないときも多いですが、距離も勾配も大したことはなく、長く津山盆地の穏やかな道のりを歩いてきた者にとっては、このくらいの山道があった方が変化があって楽しいと思えるレベルでしょう。

2901.「大山みち」は古い出雲街道

2902.草は伸びているときもある

2903.松ヶ峪乢

2904.北側のヘアピンカーブ
旧落合町北東部の上河内地区はY字型の谷になっていて、要の位置にあるのが国道沿いの宿集落、その北東に東谷、北西に西谷という形になっています。古い出雲街道の道筋は松ヶ峪乢を下りきると上河内地区の東谷に出てきて、またすぐに西谷との間の丘陵への上りにかかります。

2905.東谷へ

2906.もう一度上る
●熊野神社
東谷から坂道を上り詰めると、熊野神社の五本杉が目を引きます。熊野神社は平安時代から1000年以上の歴史を持つ神社で、五本杉も700〜800年ほどの樹齢だと言われており、神社と杉の長い歴史が古い出雲街道の道筋がここにあったことを語っているかのように感じます。

2907.熊野神社の五本杉

2908.鳥居と杉の対比

2909.大樹を見上げる
熊野神社の少し先を右折すると圓融寺があり、こちらも熊野神社と同様に平安時代から1000年以上の歴史を持ち、比較的規模も大きい寺です。続いて西谷に向け下っていきます。

2910.圓融寺

2911.西谷へ下る
西谷に下るとまた右折して今度は谷を上っていきます。真庭産業団地の造成に合わせて整備された立派な道路が通っていますが、写真2913の地点で斜め右に入ると普通の田舎道となります。

2912.西谷を上る

2913.ここを斜め右へ
写真2914の地点で正面はかなり急な坂道となります。これは鮒越乢と呼ばれる旧落合町と旧久世町の境となる峠への上りで、案内板に記載されている通り、かつては峠の両側の傾斜地に鮒が峠を越しているかのような形をした棚田が広がっているのが見え、見事な景観だったそうです。

2914.急坂にかかる

2915.来た道が眼下に

2916.鮒越乢
>拡大画像 鮒越乢の案内板
鮒越乢を過ぎると、まもなく(道なりに)右折、左折、右折の順で真庭産業団地(北区域)に入っていきます。このような道路形状になったのはもちろん産業団地の造成によるもので、旧街道の道筋が消失してしまったのは残念なことですが、21世紀の「新たな歴史」の舞台となるのがこの場所で、ここには「里山資本主義」を標榜する真庭市の取り組みの核施設となるバイオマス発電所があります。原子力発電所やメガソーラーの是非といった問題はさておき、市域のほとんどを山林が占める真庭市において、地域にある資源を活用して新たな産業を創出しようという挑戦には共感させられるところがあります。

2917.道なりに右、次いで左

2918.右折で真庭産業団地へ

2919.真庭バイオマス発電所
真庭バイオマス発電所に次いで真庭バイオマス集積基地が現れ、そこから産業団地の中央を貫く道路は左カーブで南に向きを変えますが、この後復活する旧街道の道筋につながるのは直進です。突き当たりを右折して産業団地を出て、山にぶつかるとまた左折して急坂を下ります。下ったところには公園があり、ここには比較的きれいなトイレがあります。そこからは旧街道の道筋に戻っており、すぐ先の田園の中に小祠も見られます。

2920.バイオマス集積基地の右へ

2921.産業団地を出る

2922.急坂を下る

2923.小祠
大内原の集落内を通り抜けていき、米子自動車道の高架橋をくぐると国道に復帰します。久世インターがすぐ近くに見えていますが、これまで見てきた中国自動車道の美作インターや津山インター、院庄インターとは違って、ここでは周辺に郊外型の大型店舗の進出が見られません。

2924.米子道をくぐる

2925.国道に復帰
●高清水
国道に戻ってすぐ、写真2925の地点で右に見える数軒の民家の間の道に入ると高清水という清水が湧いています。入り方がわかりにくいうえ、国道や高速道路沿いでそれらしい雰囲気もないのですが、ここは江戸時代を代表する茶人にして、松江の和菓子文化を花開かせた松平不昧公(松平治郷)も称讃したという名水で、現在も水量豊かに湧いており、美味しく飲むことができます。また、国道の改良や久世インターの建設で完全に消滅していますが、この付近には一里塚もあったそうです。

2926.高清水
>拡大画像 高清水の案内板
沿道に久世特産のミツマタの木が植えられている中原バス停の先で、斜め右への分岐に入ります。ちょっとした市街も形成されている目木地区の現在の中心地は目木川を渡った西岸ですが、さらに細かい地名を見ると、東岸が「宿」、西岸が「昭和」となっていて、古い歴史を持つ米来神社があるのも東岸です。

2927.一万円札になる木

2928.中原バス停の先で旧道へ

2929.表街道は左、脇街道は直進

2930.米来神社
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  • ●地名、人名等の読み方
    •  目木=めき
    •  上河内=かみこうち
    •  東谷=ひがしたに
    •  西谷=にしたに
    •  鮒越乢=ふなこしたわ
    •  久世=くせ
    •  松平不昧公(松平治郷)=まつだいらふまいこう(まつだいらはるさと)
          
  • ●関連ページ       
  • ●参考資料
    •  出雲街道勝山宿の会「出雲街道(1)ガイドブック」
    •  小谷善守「出雲街道 第3巻 久世−落合−久米−津山」
    •  美作地域歴史研究連絡協議会「美作の道標と出雲往来一里塚」
    •  岡山県文化財保護協会「岡山県歴史の道調査報告書第四集 出雲往来」
          
  • ●取材日
    •  2014.11.11
    •  2015.10.26/11.15
    •  2016.2.27/8.19
    •  2017.6.23
    •  2018.4.22
    •  2019.2.11
    •  2022.2.12
    •  2024.3.30
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