トップページ > 出雲街道の道のり > 10-4.宍道駅→宍道宿→荘原駅
10-4.宍道駅→宍道宿→荘原駅
松江西部エリア この区間の地図
<10-3.来待駅→宍道駅 11-1.荘原駅→直江駅>
●宍道宿
宍道宿は宍道湖の西端であるとともに、松江と今市の中間に位置することもあり、交通拠点として繁栄してきました。中でも最大の見どころとなるのが江戸時代に大名の本陣宿として利用された木幡家住宅の「八雲本陣」で、往時の姿をほぼ完全にとどめていることから、国の重要文化財にも指定されています。有料ですが、内部を見学することもできます。

5101.八雲本陣
>拡大画像 八雲本陣(木幡家住宅)の案内板
●宍道の街道分岐点
宍道宿には出雲・松江と広島・尾道を結ぶもう一つの「出雲街道」の分岐点があります。5102の写真の交差点は近代の街道分岐点で、大正4年(1915年)に建てられた道標があります。いつの時代も宍道が交通の要衝であることは変わらず、現在でも国道9号と国道54号、山陰自動車道と松江自動車道、山陰本線と木次線の分岐点はいずれも旧宍道町内に位置し、どの路線も雲南市、三次市を経て広島県の瀬戸内海側へ向かっていきます。

5102.「出雲街道」の分岐点

5103.左 廣島 右 大社
街道分岐点を過ぎると佐々布川を渡り、なおも旧道はまっすぐ続いているので、そのまま直進してしまいそうになりますが、国道54号の高架橋の手前で多根踏切を渡ります。クランク状に上っていって、国道54号を横断、すぐ南に見える細道へ進みます。しばらく進んだ5107の写真の地点では、斜め右に分岐する未舗装の山道に入ります。

5104.多根踏切を渡る

5105.小社の脇から国道54号へ

5106.右の細道へ

5107.右の山道へ
●蔵敷の旧街道
ここからしばらくの間は一般的な地図にも記載されていない道ですが、200mほどの間、旧街道の姿がほぼそのままに残っています。蔵敷集落の南側に出ると再び舗装された道路になりますが、五輪塔も見られ、旧街道らしい雰囲気の道がまだ続きます。また、すぐ北の国道9号や山陰本線とは高低差がかなりあって、出雲平野や出雲縁結び空港、そして宍道湖の眺めが開ける場所もある楽しい道でもあります。なお、これだけの平地があるにも関わらず旧街道が山の中に入っているのは、この平地が宍道湖を埋め立てられてできた極めて新しい土地であることが理由で、出雲縁結び空港のある平坦地には「昭和新田」という地名が付けられています。

5108.眺めは最高

5109.蔵敷の五輪塔
5110の写真の地点では直進の道があり、それが旧街道の道筋と思われますが、まもなく県道57号に遮られて途切れることになるので、舗装された道を道なりに行き、県道に出ます。5111の写真の地点付近では、よく整備された県道の切通しが旧街道と思われる道を分断したことがわかります。

5110.ここは左へ

5111.切通しが旧街道を分断
●出雲平野の散居村
宍道湖の西側は広大な出雲平野で、その大きな特色となっているのが散居村です。県道57号は相変わらず少し高い位置を行くので、眺めの開ける場所から見ると、家屋が密集することなく散在しているのがよく見えます。このような伝統的な村落の形態は都市化や道路整備によって失われつつあることが多いですが、旧宍道町の西端から旧斐川町にかけては、国道などの主要道路を離れると散居村が多く見られます。

5112.出雲平野の散居村
宍道インターの交差点では歩道から下り坂の歩道が分岐しており、その道に入って国道が通る平地へ下っていきます。この付近の県道57号は宍道インターの開通に合わせて現在の姿になったと思われますが、その際にこのような道が整備されたのは、そこに歩行者や自転車のために残すべき古い道筋があったからでしょう。

5113.斜め右に下る道へ
平坦地に戻って西進していくと、荻田児童公園のすぐ下の交差点で住宅地の方へ上っていく正面の道の脇にごく細い道が見えます。実際にその道に入ってみると水路の蓋の上を歩くことになり、道とは呼べないような状態なのですが、この水路が旧街道の道筋をなぞっていて、300m近い距離を通り抜けできます。

5114.住宅地へ上る道の脇に…

5115.こんな姿の旧街道
さらにその先では旧街道はいったん丘陵の方に入っていたようですが、こちらは通り抜けていく道筋がはっきりしないので、山陰本線の線路のすぐ南の道を進みます。小佐々布踏切を渡り、400mほどは国道を歩きます。途中、5118の写真の地点では斜め左へ旧国道が分岐しますが、ここは今まで何度となくあったパターンとは違い、国道を直進することになります。

5116.山陰本線の線路沿い

5117.小佐々布を渡る…お!

5118.ここは国道を直進
●伊志見一里塚跡
出雲市(旧斐川町)に入る直前に伊志見の一里塚跡があります。松の木こそないものの、土を盛った塚の跡が健在です。そして北塚と南塚の間には今も旧街道の細道が通っており、先ほど見た旧国道の方へ向かっています。5121の写真の地点からわずかの間だけ畦道となり、その先で上り坂となって出雲市(旧斐川町)の軍原集落に入ります。

5119.伊志見一里塚

5120.北塚と南塚の間の旧街道へ

5121.右の畔道へ
>拡大画像 伊志見一里塚の案内板
伊志見の一里塚跡からの旧街道が旧国道に合流する手前にある軍原公民館の前には旧街道らしい地蔵や三界萬霊塔があります。軍原集落は微高地となっていて、軍原古墳という地形を改変するほどの土木技術がなかった時代の史跡もあり、伊志見の一里塚跡と旧街道が、かつての宍道湖の湖岸線がこの付近ではさらに少し南にあったことをも想像させてくれます。

5122.軍原公民館前の地蔵など

5123.軍原古墳
軍原から荘原駅方面へ下っていく途中、5125の写真の地点では旧街道に該当する道が斜め左に分岐していますが、「通り抜けできません」と看板が立てられていて、山陰本線に踏切がないので徒歩でも通り抜けできません。いくつかのラブホテルがある一帯を通り過ぎると5126の写真の交差点に至ります。左が旧街道や湯の川温泉、直進が荘原駅、右が道の駅湯の川です。

5125.左の旧街道は通り抜けできません

5126.道の駅や荘原駅への交差点
●道の駅湯の川
湯の川温泉は皆生温泉や玉造温泉のような知名度も温泉街らしい温泉街もありませんが、出雲らしく神話の伝説に基づき、日本三美人の湯に選ばれている温泉です。国道沿いの「道の駅湯の川」には足湯も併設されている他、出西生姜などの地元名産品も販売されていて、松江市と出雲市の境近くで絶好の休憩スポットとなります。

5127.道の駅湯の川

5128.足湯も設置

5129.八上姫の像
>拡大画像 湯の川温泉の案内板
>拡大画像 湯の川温泉郷散策マップ
旧街道の道筋に戻るべく5126の写真の交差点から南へ行き、湯の川踏切を渡って山陰本線の南側に出ます。湯の川温泉の温泉旅館も見えてきますが、ここは右折して進路を西に戻し、さらに5131の写真の地点を右折します。

5130.ここを右折

5131.もう一度右折
荘原駅のすぐ裏側を通る旧街道は現在の道路にも駅にも背を向けられた形になっていますが、それがかえって旧街道らしい雰囲気が残される結果になっており、道沿いに弘化2年(1846年)に建てられた一畑薬師常夜燈などの石造物群も見られます。

5132.駅のすぐ裏にこんな旧街道

5133.常夜燈などの石造物が並ぶ
この道を西に進んで大倉踏切で山陰本線を、大倉橋で七日市川を渡ると、駅と国道を結ぶ県道196号に出ます。先へ進むのは左折ですが、右折すれば荘原駅で、令和2年(2020年)に建て替えられたばかりの駅舎は周辺の遺跡で大量に発掘された銅剣や銅鐸のレプリカが配されたデザインになっています。

5134.七日市川を渡る

5135.荘原駅
<10-3.来待駅→宍道駅 11-1.荘原駅→直江駅>
  • ●地名、人名等の読み方
    •  荘原=しょうばら
    •  木幡=こわた
    •  木次=きすき
    •  三次=みよし
    •  佐々布=さそう
    •  斐川=ひかわ
    •  伊志見=いじみ
    •  出西=しゅっさい
          
  • ●関連ページ
          
  • ●参考資料
    •  樹林舎「定本 島根県の歴史街道」
          
  • ●取材日
    •  2015.9.14
    •  2017.4.21/8.24
    •  2021.9.9
▲ページトップ
inserted by FC2 system