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11-2.直江駅→神立橋→今市宿→出雲市駅
出雲エリア この区間の地図
<11-1.荘原駅→直江駅 11-3.出雲市駅→正門前BS>
直江駅の東側の住宅地を抜けると田園風景に戻ります。旧街道は西の田園の中を通っていたそうですが、圃場整備により消失してしまっています。巨岩と出西伊波野一里塚の案内標識がある5301の写真の交差点を右折します。

5301.ここを右折
●出西・伊波野一里塚跡
5301の写真の交差点から200mほど西に出西・伊波野一里塚跡があります。この一里塚の跡は塚だけでなく枯れた松の巨木の切り株もそのままに残されていることが大きな特徴となっています。先述のように、圃場整備によって旧街道の道筋は失われていますが、広大な田園地帯の中なので、それと知って見れば現在でも広範囲から視認できます。

5302.枯れた松の切り株が残る
>拡大画像 出西伊波野一里塚の案内板
出西・伊波野一里塚跡の少し西で左折し、県道197号を横断してさらに400mほど直進して右折します。この辺りでは特に史跡は見当たりませんが、散居村や築地松など出雲平野らしい風景が見られます。

5303.県道197号を横断

5304.ここを右へ
千家第二踏切を渡り、さらに400mほどで出雲市街中心部に至る国道184号が見えてきますが、その手前の5306の写真の交差点を左折します。

5305.千家第二踏切を渡る

5306.ここを左折
水路沿いに続く道を5307の写真の地点まで歩きます。ここまで来れば出雲国を代表する河川である斐伊川は目前ですが、ここまで来ても東に向いた流れになっています。5307の写真の交差点を右折すると、わずかながらも旧街道そのままの道筋が残っており、斐伊川の堤防に至ります。

5307.右折したら旧街道

5308.斐伊川の堤防に至る
斐伊川の堤防にぶつかると右折して堤防に上がりますが、水路が気になるので水路を辿っていくと神立堤に至り、この一帯に張り巡らされた水路はここで斐伊川から取水したものだとわかります。出雲平野に入ってからずっと水路の目立つ平坦地を歩いてきましたが、その流れは一貫して西から東へ流れるもので、標高も荘原あたりが3〜4m程度、直江あたりが6〜7m程度、この付近は11〜12m程度と、斐伊川に向けて意識することもできないほどわずかずつ上ってきた形になります。斐伊川は洪水の危険性の高い天井川で、そこから宍道湖へ向けて治水と利水を兼ねた水路のネットワークが形成されていることになり、通常意識することのない平野部の高低差を活用した先人たちの土木事業に感心させられます。

5309.神立堤

5310.斐伊川の堤防に上がる
●神立橋
昭和13年(1938年)に建設された神立橋は橋長417m。斐伊川の幅は広く、雄大な眺めが楽しめます。上流の雲南市や奥出雲町はたたら製鉄が盛んだった地域で、これまで歩いてきた伯耆国の日野川流域と似た地域性を持っています。両河川の名称も「火い川」「火の川」と、同じくたたらの火に由来していると想像できます。そして、川底は少し赤っぽい色をしており、これは錆びた鉄の色で、この地域の河川の特徴となっています。また、神立の地名の由来は、「神在月」に出雲大社に集まった神々が出立する地とのことで、旧出雲市域の出入口となるこの橋は、神々にとっても出雲の出入口となる場所です。

5311.神立橋から上流側の眺め
>拡大画像 神立の案内板
神立橋を渡ると、左岸の下流側は公園になっていて、川沿いに自転車道も整備されていますが、ここでは左折して県道26号で少しだけ上流側に行き、右折で大津町に入っていきます。

5312.出雲路自転車道のある左岸堤防

5313.橋の南から大津町へ
>拡大画像 出雲路自転車道の案内板
●大津町
大津町は斐伊川沿いに栄えた町で、旧家も多く残る街並みを形成しています。中でも山田家住宅は松江藩の松平治郷(不昧公)が本陣として使用した建物が健在で、出雲市の文化財に指定されています。

5314.山田家住宅
>拡大画像 山田家住宅の案内板
大津町では街並みが連続するので、そのまま道なりに大津町駅方面に進みそうになりますが、5315の写真の信号交差点で左折してまたすぐ右折し、一本南の道に入るのが古い道筋です。続いて山廻2踏切で一畑電車の線路を渡ります。すぐ北には大津町駅が見えます。大津町駅には電車利用者向けの駐車場もあり、出雲大社周辺は道路や駐車場が混雑する日も多いらしいので、ここでパーク&ライドをしてJRとは一味違ったローカル鉄道の旅を楽しみながら出雲大社へ行くのも一つの選択肢です。それにしても、大きな川(日野川/斐伊川)の西に古くからの街(車尾/大津町)があり、街に溶け込んだローカル線の駅(境線博労町駅/一畑電車大津町駅)があるなど、都市の中心部に入っていくまでの雰囲気は米子とそっくりです。阿須利神社のところで駅前を通ってきた通りに戻ります。

5315.左折してすぐ右折

5316.山廻2踏切を渡る

5317.大津町駅

5318.阿須利神社
5319の写真の交差点の東側には道標が残っており、右の方が少し欠けていますが、「左 松江 いせ 右 かけや みとや きすき」と刻まれています。そして、この交差点を渡った先でやや右にカーブして高瀬川に沿うようになります。

5319.交差点を過ぎると高瀬川に沿う

5320.交差点東側の道標
●高瀬川沿いの街並み
高瀬川と出会うと、街並みは川沿いに続くようになります。川沿いには柳などの木々が植えられ、歴史を感じるような旧家も点在しています。旧街道ルートを辿った場合少し行き過ぎた場所にはなりますが、京町公園など公園もあり、市民の憩いの場としてきれいに整備され、気持ち良く散策できます。

5321.高瀬川沿いの街並み

5322.振り向けばこんな風景も

5323.京町公園
●今市宿
旧街道の道筋は出雲東通り(県道277号)に入って100mほど南下し、一本南の通りに入ります。これは多くの宿場町で見てきた出入口付近の曲りと思われますが、その先は近年になって整備されなおされたような道路で旧街道らしさが皆無です。その後も宿場町の街並みの雰囲気が色濃く残っているとは言い難い状況で、レトロな雰囲気を持っていたかつての銀行の建物も取り壊されてしまいましたが、それでも5324の写真中央の薬局などは立派な商家が増築部分に隠されているなど、かつての繁栄を感じさせる部分は残っています。今市宿は島根県第2の都市である出雲市の中心市街というだけあって、近代以降は商店街として繁栄し、近年はまた衰退するなど、時代の流れによる変化が他の宿場町以上に大きいように感じられます。

5324.古い商家が連続して残る

5325.レトロな銀行建築は姿を消した

5326.本町商店街
本町商店街を通り過ぎておろち通りを横断すると、立派なアーケードを持つ商店街の「サンロードなかまち」に入りますが、出雲市駅に近いこの商店街も営業している店舗の方が少ないような姿になってしまっています。しかし、商売っ気が失われ、人通りが少なくなっているせいで、逆に古い商家がこのような場所に残っていたりするのが見つけやすくなっています。

5327.サンロードなかまち

5328.アーケードに隠れた商家
サンロードなかまちの商店街を抜けると、くにびき中央通り(県道276号)に出て、南には出雲市駅も見えます。平成10年(1998年)に高架化された出雲市駅は出雲大社への玄関口にふさわしい大社造り風のエントランスが特徴で、東京からの寝台特急「サンライズ出雲」、岡山からの特急「やくも」もここが終点となります。

5329.くにびき中央通り

5330.出雲市駅
一方、くにびき中央通りで北の高瀬川沿いまで戻ったところには、八雲神社と八雲公園があります。高瀬川沿いはこの辺りでもきれいに整備され、出雲市中心部(今市)の縁結びスポットとしてひな流しスポットが整備されています。

5331.八雲公園と八雲神社

5332.ひな流しスポット
<11-1.荘原駅→直江駅 11-3.出雲市駅→正門前BS>
  • ●地名、人名等の読み方
    •  斐伊川=ひいがわ
    •  神立=かんだち
          
  • ●関連ページ
          
  • ●参考資料
    •  樹林舎「定本 島根県の歴史街道」
          
  • ●取材日
    •  2015.9.14/9.15
    •  2016.7.16
    •  2017.8.24
    •  2018.2.22
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