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10-3.来待駅→宍道駅
松江西部エリア この区間の地図
<10-2.玉造温泉駅→来待駅 10-4.宍道駅→宍道宿→荘原駅>
来待駅南側の坂道を下れば、来待川が作る広い平地に出ます。圃場整備の結果として旧街道は消失してしまっていますが、それでも突き当たりには5001の写真の石造物が見られます。ここを右折して国道に戻ることになりますが、左前方の田園の中に土御門親王の墓もあります。このような場所になぜ皇室の人物の墓があるのか、そもそも土御門「親王」が誰なのか、案内板の類もないのでその由来がわからず、謎めいた史跡です。

5001.辻に立つ石造物

5002.土御門親王の墓
国道に出てすぐ西の浜西交差点を右に入ります。ここにはわずかながら旧街道が残っていて、さらにすぐ先の地蔵堂がある交差点を左折して国道に戻ります。国道だけでなく田園の中の道も直線的に整備されているこの付近では通り抜けできる旧街道はここだけですが、よく見ると旧街道と思われる道筋はこの先にも見られます。

5003.国道の北に残る旧街道
国道に戻って来待川を渡り、小松交差点を左折して小松踏切を渡ると、すぐに旧国道が西へ伸びていますが、旧街道はさらにもう一つ南なのでこれは無視し、小松公民館バス停がある交差点を右折します。曲がってすぐの長源寺には天保時代の石灯籠があります。

5004.小松交差点を左折

5005.長源寺
旧街道に入って200mほど行ったところにある分岐には松と社日碑があり、ここは直進して小さな丘を越えていきます。社日碑は島根県に入ってから、特に松江を過ぎてからよく見られます。美作国の真庭地域では地神が多く見られましたが、ローカルな信仰を示す石造物も地域によって特徴があることが感じられます。緩やかに曲がりながら坂道を進んでいく途中には宇由比神社もあります。

5006.社日碑のある交差点を直進

5007.宇由比神社

5008.小さな丘を越える
坂を下って狭い平地に出たところには小さな石の祠に地蔵が祀られています。ここから正面の畦道か右折の道路のどちらかで山陰本線のすぐ南側を通る旧国道に出て、またすぐにもう一度小さな丘を越えていきます。先ほどの丘越えは旧街道らしい雰囲気がよく残されていましたが、こちらは道路もやや広く直線的で、旧街道と旧国道の違いが感じられます。

5009.石の祠に入った地蔵

5010.もう一度丘を越える
白石地区に入ると平坦になり、旧国道もほぼ一直線に続いていますが、旧街道は旧国道の南北に曲がりくねりながら通っていたようです。白石地区に入ったあたりでは南の丘陵沿いにそれらしい道筋が見え、集落に入って5012の写真の地点から斜め右に入れば、地蔵堂が見られます。

5011.旧国道は直線的ですが…

5012.旧街道は斜め右

5013.地蔵堂
地蔵堂のある交差点を左折して旧国道に戻り、同道川の手前で左折してすぐ南の橋を渡れば、旧街道の道筋が残されており、道沿いには六地蔵や観音堂が見られます。しかし、この道も長く続くことはなく、観音堂の前で右折してまた旧国道に戻ることになります。

5014.川の手前を右折

5015.六地蔵

5016.観音堂
宍道中学校前踏切を渡って国道に戻ると、200mほど西にあるガソリンスタンドの付近に宍道の一里塚があったそうです。ここまで来ても国道はなお宍道湖沿いを行き、宍道湖が全国でも7番目の大きい湖(ちなみに中海は第5位)であることを実感させてくれますが、ここに来てようやく出雲縁結び空港などがある西岸がはっきりと見えてきます。

5017.宍道中学校前踏切を渡って国道へ

5018.この付近が宍道の一里塚跡
その宍道湖とようやく別れるのが宍道東口交差点で、左折して旧道に入れば宍道宿です。5020の写真の地蔵あたりから宿場町らしい街並みになってきます。いよいよ宿場町の中心部に入ろうとするところで左折すると宍道駅です。

5019.宍道東口交差点

5020.地蔵が見守る旧街道

5021.家並みが隙間なく続く

5022.宍道駅
<10-2.玉造温泉駅→来待駅 10-4.宍道駅→宍道宿→荘原駅>
  • ●地名、人名等の読み方
    •  土御門親王=つちみかどしんのう
    •  宇由比神社=うゆひじんじゃ
    •  白石=はくいし
          
  • ●関連ページ
          
  • ●参考資料
    •  樹林舎「定本 島根県の歴史街道」
          
  • ●取材日
    •  2015.9.14
    •  2017.4.21/8.24
    •  2021.9.9
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