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10-3.一畑口駅→雲州平田駅
松江杵築往還エリア [この区間の地図]
<10-2.秋鹿町駅→一畑口駅 10-4.雲州平田駅→武志駅>
一畑薬師入口の旧道交差点から100mほどで国道と合流します。この付近では旧街道は山に入っており、しばらく進むと中国自然歩道の標識も見えますが、西の方には道が続かないのでここには入らず、直進を続けて写真5202の交差点から旧道に入ります。

5201.中国自然歩道には入らない

5202.ここから旧道へ
国道はカーブして旧道と線路を越えていき、旧道はまっすぐ宍道湖岸に出ます。ここまで来ると長かった宍道湖沿いの道のりも終わりに近く、代わりに出雲平野を巡る出雲路自転車道が始まります。旧道に入って300mほど、写真5204の地点で右折して家の間の細い路地に入り、踏切を渡るとまた右折して旧街道の道筋に入ります。なお、この踏切には警報機や遮断機がなく見通しも悪いので、それこそ指差喚呼を行うくらいのつもりでしっかり立ち止まって左右を確認してから渡るようにしましょう。

5203.出雲路自転車道が始まる

5204.右折で家の間の路地へ

5205.細い路地でも踏切がある
ここの旧街道は前後の道順の関係であえて逆向きでご紹介しており、踏切を渡ると東の松江を向いて歩いていることになります。坂道を上ると墓地があり、ここは宍道湖の眺めが良い場所です。松江方面への道は国道によって切れてしまっているため、国道側からの墓地への道を利用して国道へ下っていきます。

5206.墓地への道として旧街道が健在

5207.宍道湖の眺めが良い

5208.国道に下りてくる
ここからしばらくは国道を歩きます。園駅前を通過した先の丘陵には倉留寺があり、その入口付近の右カーブからは国道と旧街道の道筋がほぼ一致するようになります。園駅付近では旧街道は線路の南側を通っていましたが、駅の西には踏切がないため、あえて園駅の前後は旧街道にこだわらない道順でご紹介しています。

5209.園駅

5210.倉留寺の入口
合ヶ谷バス停まで国道を進んで右折し、すぐに左折、次の道と交差するところで右前に見える山道に入っていきます。ここから平田までは国道や一畑電車から離れて平田船川の北を進んでいく道のりで、特に多久町地区に出るまでの間はその大半が一般的な地図に記載されていない山道です。

5211.ここで右折しすぐ左折

5212.ここは旧街道

5213.ここから山道へ
最初の山道区間は竹林が多いため道の上にも新しそうな竹が生えたりしていますが、写真5215のようにコンクリートの溝に丸太の橋が架かっているなど、人の手がよく入っている印象です。アップダウンも少なく、意外にあっさりと通り抜けられます。

5214.竹林を進む

5215.今も人の手が入っている感じ
旧街道の山道は日蓮堂のところに出て、そこからは舗装された道路を西へ下っていきます。下る途中にある池は往還大池という名前です。

5216.日蓮堂のところから舗装道路へ

5217.往還大池
苅藻谷川の谷に下ると道なりに西へ進みます。写真5219の地点では左右に舗装された道が続きますが、正面の未舗装の道が旧街道です。

5218.苅藻谷川を渡る

5219.正面の細道へ
旧街道はその先にある2つのため池への作業道のような姿になります。私が訪れたときは草がきれいに刈られていましたが、時期によっては草がかなり伸びているときもありそうです。堤防に上がると正面の山道へ進みます。写真5221では道が見えにくいですが、道の上に少し草木が生えているだけで、現地に行くと道があることははっきりわかります。

5220.草が刈られている

5221.正面にも道はある
池を過ぎると道の上にも倒木や若い木が見られるようになります。道筋ははっきりわかるので通行は十分に可能ですが、誰も通らなくなったと思われる旧街道は遠くない将来に草木に埋もれてしまいそうな気がします。途中には10〜20年ほど前に捨てられたと思われる大量のゴミがあり、曲がりなりにもその頃までは利用されていた道だと推測できます。次に舗装された道路と出会うと、ここは直進して山道を進み続けます。

5222.道はやや悪いが通行可能

5223.舗装道路と交差
道路と交差すると山道区間も終わりに近づき、多久谷地区への下り坂となりますが、合ヶ谷から概ね順調に歩けた旧街道もここに来て笹藪になっているところが増え始めます。しばらく下ると柿畑の横を通過し、次いで竹藪を抜けると写真5225の地点で集落の隅の墓地が見えます。旧街道の道筋としては引き続き直進で写真左側の山道に進みますが、しばらく進むといよいよ道筋が見えなくなるほど草木が生い茂ってくるので、墓地の方から集落へ下っていきましょう。写真5223の地点を右折してすぐ北の大慶寺の方へ迂回しても良いと思います。このように合ヶ谷から多久谷への山道は最後だけ草木に埋もれてしまっており、大きな写真でご紹介するような史跡も見当たりませんが、国道や一畑電車とは異なったコースの山道が通り抜け可能な形で残されている貴重な古道です。

5224.柿畑を通る

5225.右の墓地の方へ下る
集落に出ると西へ下っていき、完全に平地に出たところの写真5225の交差点では旧街道の道筋に戻るため左折します。

5226.集落内の道を下る

5227.ここは左折
200mほど南下すると写真5228の交差点では西への道が接続しており、後からこの道を行くことになりますが、もう少しだけ南下して右折します。こちらが旧街道の道筋で、お堂がある次の交差点を左折、さらにその次の交差点を右折の順で進み、写真5228の交差点から続いている道に出て左折、多久灘橋で多久川を渡るとまた右折します。分岐がとても多くなりますが、旧街道で考えると東の丘陵から南西に向けて下ってきた後、集落内で北西に向きを変えているだけで、現在、できる限り旧街道に近い道順で進もうとすると結果的にこのような形になってしまいます。

5228.この一つ南を右折

5229.お堂のある交差点を左折

5230.多久川を渡って右折
多久川を渡ると多久町地区の中心部という雰囲気となります。旧街道沿いに簡易郵便局や地元の商店もあり、特にデザイナーのギャラリーであり、週末にはカフェとしても営業している立派な古民家が目を引きます。

5231.多久谷の集落内

5232.ギャラリー・カフェとなった古民家
多久川を渡って300mほどでセンターラインもある立派な道路に出て、ここから平田の市街に入るまで概ねこの道を進んでいきます。メインの交通路は国道431号ですが、こちらの道沿いにも民家だけでなく会社もあり、本数は多くないとは言え平田生活バスの路線も通っています。もちろん道路も改良されていますが、写真5233の地点から右に行ったところなどに旧街道が残されているところもあります。

5233.旧街道はすぐ北の山沿い

5234.通り抜けできる旧街道もある
写真5235の地点では斜め右に上っていく道が旧街道で、畑を通り過ぎると美しい竹林の道となります。最後だけ少し笹藪となり、その先は建設会社の敷地内にも見える場所を50mほど通って元の道路に戻ります。一部の地図では道路として扱われているので通行しても構わないと思いますが、すぐ脇で重機を使った作業をしていることもありそうなので、そういった場合はお互いの安全のためここは通らない方が良いでしょう。

5235.斜め右が旧街道

5236.美しい竹林の道

5237.建設会社前で元の道路へ
県道232号と合流する東福交差点から200mほど行くと皿が供えられた皿地蔵があり、その付近のカーブで進路を南に変えます。この辺りからは少しずつ平田市街に近づいてきたような感じがします。

5238.東福交差点

5239.皿地蔵
天神川を渡ると平田船川が近づいてきて、川沿いに桜並木のある広い歩道を歩けます。写真5240の交差点を左折しますが、南西に見える愛宕山には平田薬師もあるので、立ち寄ってみるのも良いでしょう。

5240.桜並木の広い歩道

5241.左折しますが平田薬師もすぐ近く
薬師橋で平田船川を渡るとすぐに右折、南に見えてくる樋門の道を渡ります。旧街道としてはここで平田船川を渡りませんが、後に平田の市街をバイパスする船川放水路が造られたため、このような形で進むことになります。左岸に戻って立派な道路を横断した先で道が右に曲がると、木綿街道と呼ばれる平田の古い市街に入ります。

5242.薬師橋を渡って右折

5243.樋門のところを渡る

5244.道路を横断して木綿街道へ
●木綿街道1
木綿街道に入ると道は鉤型に曲がり、醤油店の辺りから古い街並みになったと思ったらまたすぐに左折して新町に入ります。木綿街道の街並みは単に古い建物が多いというだけでなく、元石橋邸を筆頭に、古民家ホテルに生まれ変わった旧石橋酒造など、かなり立派な建物が多いのが特徴で、木綿の生産が盛んで、江戸時代後期から明治時代初期にかけて平田船川には多くの船が集まり、川沿いの街が大いに繁栄した名残を感じさせます。木綿街道交流館はその観光の拠点となる施設で、予約不要でガイドを受けることもできます。

5245.元石橋邸

5246.木綿街道交流館

5247.立派な宿泊施設もある
>拡大画像 木綿街道散策マップ
●木綿街道2
平田船川が直角に曲がるのに合わせて新大橋の手前で右折すると、片原町に入ります。町名から想像できるように、ここは江戸時代末期まで川側には街がありませんでした。片原町では醤油の醸造元、日本酒の蔵元、出雲名産の生姜を使った生姜糖の老舗が目立ち、これらの店では買い物だけでなくそれぞれの体験メニューを楽しむこともできます。老舗だけでなく木綿街道には新しい店も増えつつあり、古い町に残る老舗が悪い意味で保守的になることなく、木綿街道としての新しいまちづくりにも大きな役割を果たしていることが感じられます。

5248.片原町の街並み

5249.日本酒の蔵元

5250.生姜糖の老舗
木綿街道の街並みは宇美神社の方へもうしばらく続きますが、旧街道は県道232号との交差点に出ると左折、平田大橋で平田船川を渡ります。そこから北本町、中本町、南本町と交差点が続くあたりが平田の中心市街で、平成の合併前には平田市だっただけあって小規模なりに近代的な都市景観となります。本町には松江藩主が利用した本陣もあり、その建物は愛宕山の西に移築され、平田本陣記念館となっています。

5251.平田大橋から見る片原町

5252.「市」の中心らしい通り

5253.一式飾りの展示も
糸川屋橋で湯谷川を渡ると、松江杵築往還は県道159号に入って南西に向かうため、斜め右に進みますが、直進を続けて寺町交差点を左折すれば100m少々で雲州平田駅に至ります。

5254.湯谷川を渡る

5255.ここを右折
●雲州平田駅
雲州平田駅は一畑電車の本社や車庫が所在する駅で、多種の車両が見られます。一畑電車にはかつて大手私鉄で活躍していた車両が多いので、人によっては懐かしさを感じるでしょうが、さらに昭和初期に製造されたデハニ50形という車両も残されており、普通の列車として走ることはないものの雲州平田駅の構内で電車の運転体験も行われており、鉄道ファンの人気を集めています。また、駅構内には島根県のキャラクターであるしまねっこや一畑電車の一式飾りも置かれています。

5256.雲州平田駅構内

5257.駅舎

5258.一式飾りの電車
>拡大画像 一式飾りの案内板
>拡大画像 平田観光マップ
<10-2.秋鹿町駅→一畑口駅 10-4.雲州平田駅→武志駅>
  • ●地名、人名等の読み方
    •  平田船川=ひらたふながわ
    •  苅藻谷=かりもだに
    •  東福=とうふく
          
  • ●関連ページ
    •  
          
  • ●参考資料
    •  島根県教育委員会「島根県歴史の道調査報告書第十集 松江美保関往還 松江杵築往還 巡見使道」
    •  樹林舎「定本 島根県の歴史街道」
          
  • ●取材日
    •  2020.2.28
    •  2024.1.13/1.14
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